手付契約の解釈

契約は守らなければならず、この原則の下では、手付をめぐる権利義務関係も、その授受に当たって当事者が約定したところにより決まるはずです。ところが実際には、その目的、内容をこと細かに明示することはむしろ稀です。その不明瞭な部分を明確にすること、それが手付契約の解釈にほかなりませんが、この点につき民法では、解釈の一般的指針とでもいうべきものを規定しています。それによると、手付が買主から売主に交付されたときは、当事者の一方が売買の履行に着手するまでは、買主ならその手付を放棄し、売主ならその倍額を償還して、売買を解除することができるものとされ、また、この場合、当事者は、債務不履行による解除と異なり、損害賠償を請求し得ないものとされています。このように、解除権留保の趣旨で交付される手付は解約手付と呼ばれます。もっとも、この規定を一読しただけでは、それが、手付の解釈規定だということはわかりません。約定のいかんにかかわらず、この規定の適用があるかのようにみえるからです。

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不動産

民法起草者は、同条の立法趣旨につき、日本では、手付損、倍戻しということわざがあるくらい解約手付慣行が支配的なので、これを民法に写しとり、手付の原用的形態としたのであって、当事者が、異なる約定を結んだことを証明したときは、それに従うまでのことである、と説明し判例もまた、この一般論を是認しているからです。そうすると、手付は特約しだいで様々な機能を果たし得るわけです。あるいは一方のみが解除権を有する片面的解約手付として、あるいは手付損、倍戻しのほかに損害賠償を求め得る解約手付として、あるいは代金の内払いないし売買代金の単なる証拠として、あるいは売買の不履行による違約金として等々の手付法の下では、さしあたり、手付をめぐる問題は、特約、ことに黙示の特約があったかどうか、という形で登場します。ところが、現実の不動産取引では、内金その他、手付以外の名義で、一定額の金銭が買主から売主に交付されることが少なくありません。そのような場合には、この問題は、一層複雑な形をとります。つまり、授受された金銭を手付とする暗黙の合意があったかどうか、あったとして、民法の解約手付性を排除する合意かどうか。その判断、決定は、一面では証拠による事実の認識ですが、他面では、認識された諸般の事情の取捨選択に基づく推断であり、行為の解釈にほかなりません。それゆえ、諾般の事情の何を重視するかにより、当事者相互間はもとより、判決、学説間にもしばしば意見の対立、解釈の相違を導くことになるのです。
不動産や代金の獲得を目指して売買をしたのに解約手付に基づいて売買が解除されると、他方の当事者の契約遵守への期待は裏切られ、目指した契約利益は失われます。しかし、民法によれば、当事者は、手付損、倍戻しのほか損害培償を求め得ないために、解約手付は、解除された場合の損害賠償額をあらかじめ約定したものとみることができると同時に、解除権留保の対価であるともいえるわけです。その額は、法律の面からいえば、当事者の約定で決まることで、格別の制限はありません。ただ、低額であればあるほど、経済的、心理的にいって、解除権の行使がたやすくなるというだけのことです。このような角度からすれば、いくら手付額が低くても、それだけでは、解約手付性を排除する黙示の合意を認めることはできないことになります。現に、大審院は代金を九○○万円余円とする不動産取引で、六万円の手付を交付した買主が、これを放棄して解除した事案で、原審が、解約手付であることを否定し、解除を無効としたのを破棄しているのです。しかし、視点をかえると、代金の1パーセントにも満たない手付につき、民法解約手付の規定をそのまま適用することには、幾つかの疑間が出てきます。
実際の不動産取引では、手付額の相場が形成されており、普通は、代金の一割から二割、多いときには三割程度の金額が交付されていることは周知のところです。このような慣行と対比するときは、過少の手付は解約手付だとしても、手付損、倍戻しのほか、損害の賠償を求め得るとする黙示の合意があったのではないか、という疑問を呼び起こします。さらに不動産の商品化が進むにつれて契約遵守への期待が強まっていきますが、過少の手付を解約手付とすることは、この方向に逆らうわけで、この点を重視するなら、解約手付とすること自体が疑問視されます。学説中には、こうした角度から、一割にも満たない小額の手付については、特段の事情がない限り売買成立の証拠としての手付、証約手付とみるべきではないかとするものが少なくありません。
現在では、宅地の分譲などでまま見うけられるところですが、売買は世間並みの手付が交付されるか契約書が作成されることにより完成、発効するという意識を前提とし、現地を検分した需要者が、先買権の確保もしくは本契約の締結について一定期間猶予を受けることの対価として、売主に小額の手付を交付します。したがって、期間内に手付の残額を払わなかったり、契約書の作成を肯じなかったりすれば、売主が没収することがあるわけで、これをどう略称するかについては、本契約締結の猶予手付、売買予約の解約手付、世間並みの約定手付額の全部が支払われたときに売買は成立するという意味で成約手付などが考えられますが、いずれにせよ、小額の手付は、あるいは、この種のものではなかったか、という疑いをさしはさむこともできます。要するに、僅少の手付については、普通の解約手付と異なる蓋然性が高く、それだけでは、いかなる趣旨の手付かを確定することはできないのです。
宅地建物取引業者の中には、手付の大半または全額を立て替えておくからといい、一応買い受ける方向に傾むいたものの、まだ、その意思が十分に固まっていない需要者をさそい、あとになって、その需要者が買受方、契約書の作成を断わると、立替分を請求する、といったものが少なくありませんでした。しかし、このように、業者が手付について貸付その他信用の供与をすることにより契約の締結を誘引する行為は、フェアでないため、処罰の対象とされています。
次に、証約手付について。手付が交付されれば、そこになんらかの約束があったであろうという推測が成り立ちます。つまり、手付は、予約を含め、総じて契約成立の一資料としての役割を果たします。これとは別に、特に売買締結のあかしとして手付が交付されることがあります。この場合、それは単に契約成立の証拠としてばかりではなく、売買を誠実に履行することのあかしとする趣旨を含みます。したがって、売主は受け取った手付を代金に充当したり、債務不複行の場合の損害賠償にあてたりすることができることが多いものと推測されます。ドイツ民法では、売買に限らず、手付契約一般をこのようなものと推定し、解約手付と推定しない旨を規定していますが日本でも、不動産の商品化が進み、契約遵守への期待が強くなるにつれ、この種の手付がふえてきていると思われます。

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