違約手付との関係

実際の不動産取引では、その契約者に違約金契約の特殊の形態としての違約手付条項を明示するものが少なくありません。しかも、買主が契約に違反したときは売主において手付金を没収するというだけの片面的違約手付はまれで、ほとんどは、売主が契約に違反したときはその倍額を償還するという越旨の条項も、あわせておりこんでいるようです。また、この違約手付は、大別して、手付損、倍戻しで打ち切ってしまう趣旨のものと、それとは別に債務不履行、損害賠償を求め得るものとがあり、前者は、賠償額の予定としての違約手付、後者は、違約罰としての違約手付と呼びますが、狭義では、後の場合のみを違約手付と呼ぶことがあります。実際には、前者が普通であり、いずれか不明確なときは、賠償額を予定したものとみられます。しかし、ここでの問題は、違約手付そのものではなく、問題なのは、その約定が明示されているときは、一般に解約手付を排除する黙示の合意があったものとみてよいのか、それとも、違約手付条項だけでは、かかる黙示の合意を推断し得ないのか、ということです。

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不動産

代金四、○○○万円の不動産売買で、二○○万円の手付が交付され、その契約書に買主が契約に違反したときは、手付金を放棄するほか違約金一、○○○万円を売主に払い、売主が契約に違反したときは、手付金を返還するほか違約金一、○○○万円を買主に払うという条項があり、他に格別の事情もみあたらない事案で、原審は、この条項は解約手付を否定する趣旨ではないという売主の主張を抗弁と構成したうえ、これを排斥し、買主の売買に基づく所有権移転登記請求を認容し、大審院も、その解釈は原審の専権事項に属するとして、これを支持しました。これに対し、二、三○○万円の手付金が払われた不動産売買の契約書に、当事者の一方が、この契約を履行しないときは、催告その他の手続きを要せず、単に、通知のみをもって解約することができる。この場合、買主の違約に基づくときは、手付金は売主において没収し、売主の違約に基づくときは、手付金を返還すると同時に同額を違約金として買主に賠償する。このほか、違約した者に対し、他方の当事者は損害賠償を求めることができるという条項があり、原審が解約手付性を否定した事案で、売主は、一般の販引慣行では、かかる条項は解約手付性を排除する趣旨を含まないと主張しましたが、大審院は、「原判決八甲一号証契約書ノ記載ノミニ依拠シテ右ノ如キ認定ヲ為シタルニ非スシテヲ綜合シテ判断ヲ為シタルモノナルコト判文上明、論旨ハ原審ノ専権行使タル証拠判断並事実認定ヲ非難スルモノニシテ採用スルニ足ラス」と判示し、売主の主張を退けました。ここでは、前の判決と違い、違約手付条項は、一般に、解約手付を排斥する趣旨を含むものではないということが前提となっているようにみえます。この前提を正面切って持ち出したものに次の判例があります。
民法五五七条は任意規定であるため、当事者が反対の合意をした時は其適用のないことはいうを待たない。しかし、其適用が排除される為めには反対の意思表示が無ければならない。ところで、本件は、代金一億五〇〇万円に対し一○五○万円の手付が交付された家屋の売買で、その契約書九条には、契約不履行の損害賠償を手付損、倍戻しとすることが決められていたのですが、原審は契約証書の第九条が其反対の意思であると見たもののようである。しかし第九条の趣旨と民法の規定とは相容れないものではなく十分両立し得るものだから同条はたとえ其文宇通りの合意が真実あったものとしてもこれを以て民法の規定に対する反対の意思表示と見ることは出来ません。其故九条の様な契約条項があるだけでは民法の規定に対する反対の意思表示とはなりません。
これに対して、同じく家屋の売買で、違約のときは手付損、倍戻しとし、この場合、契約は当然に解除されたものとするという条項につき、この条項は、一方が違約したときは、他方の当事者が解除し得ることを定めたもので、契約違反者が、好むところに従い手付損、倍戻しによりいつでも解除し得る趣旨を含むものではないとした原判決を是認したものもあります。こうした一連の判例に対する学説の評価は一様ではありません。
解約手付と違約手付は論理的に矛盾しないどころか、世間では、留保された解除権の行使も違約に対する一態様だとする意識、慣行が支配的です。このような認識に立つなら、違約手付条項から直ちに解約手付を排除する合意を認めた大正六年の判決は、不当視されることになります。また、契約不履行の損害賠償を手付損、倍戻しとする違約手付の場合は、この意識、慣行が支配的ですが、手付と別に損害賠償を求め得る場合はそうではない、という認識の下に、前の場合にのみ、併存を推定すべきだとする学説もあります。これに対して、このような意識、慣行はくずれてきており、むしろ違約手付が交付される場合は、契約の拘束力を強めることのみを意図していることが多くなる、という推測の下に、通常は、解約手付を排除する合意があったものと推定すべきで、昭和二四年の判決はこの推定がくつがえされた異例の場合として評価する学説もあります。
不動産に対する需給のバランスがくずれ、その価格が高くなればなるほど、手付をめぐる当事者の利害、意識は対立せざるを得ません。いうまでもなく、売主側にとっては、容易に契約を解除し得ることが望ましく、現に、この一連の判例においても、解約手付を主張しているのは売主のほうであり、これに対し、買主のほうでは、契約書も作られ相当額の手付を交付した以上、売買の拘束力は完全だと考える者がふえるであろうことは、容易に推測し得ます。この判例、学説は、こうした状況を反映しており、そこでは、古い慣行に基づき、手付を一般に解約手付と推定した民法の慎重な運用が要望され、進んで、この推定力を認めず、単に、解約手付の効力を規定したものとみるべきだとする提案すら生まれるようになります。
解約や違約に備えて手付が授与されたのに、それが杞憂に終わり、売買が履行されれば、売主は、手付金相当額を買主に返還しなければなりません。売買が無効であったり取消された場合も同様です。よって、手付損というのは、正確にいえば、この返還請求権を失うことであり、倍戻しというのは、この返還義務を履行するほか同額を払うということであり、すでに手付損、倍戻しという言葉のうちに、このような返還の権利義務関係が示唆されているわけです。もっとも、実際には、代金を完済して手付金の返還を求めるのは面倒なので、これを代金の一部に充当し、差額だけを払うのが普通であす。

不動産

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