取消しと登記

民法では「取消シタル行為ハ初ヨリ無効ナリシモノト看做」とされ、この取消しによる法律関係の遡及的消滅、つまり取消しの遡及効は、法が無能力者その他暇疵ある意思表示をなした者を保護するために認めたものであって、絶対的であり、法定解除におけるごとく解釈で将来に向かってのみ効力を生じるものとして制限することを得ないものです。さらに、取り消し得べき法律行為により物権変動が生じた場合に、物権変動における物権行為の独自性否定ないし有因的構成と結合させて、初めから物権変動を生じなかったものと一般に解されています。法律行為の取消しは、取消者とその相手方の契約関係の清算という範囲を超えて、第三者に対しても効力を有することとなり、取消し以前に目的物の物権の移転を受けた第三取得者に対しては、取消者、特に無能力者は第三取得者の善意、悪意にかかわらず登記なくして対抗し得ることとなります。このことは、物権変動の独自性ないし無因性を説く者にあっても、取消しによる物権の当然復帰を認めない点での差異こそあれ、取消者への復帰的物権変動に関して登記なくして第三取得者に対抗し得ることを肯定しており、結果的には同じになります。

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これに反して、取消しの意思表示がなされた後に、取消しの相手方から物権の移転を受けた第三者との関係では、取消しの絶対的遡及効は認められず、対抗要件の問題として処理されるとするのが判例の態度であり、学説も多くはこれを承認しています。その理由とするところは、主として次の点にあります。無能力、詐欺、強迫のように遡及効をもつ取消しの基礎が当事者の意思表示に存しないときは、取消しによって将来生じることがあるべき物権変動を、あらかじめ登記ないし仮登記をしておくことを要求するのは不可能です。しかし、一旦取消しの意思表示をなした後は、それに基づく抹消回復の登記は可能なのであって、それをなさないまま取消しの意思表示さえしておけばいつまでも登記なくして第三者に対抗し得るものとするときは、登記に公信力を認めない民法の下では、第三者の利益を害することはなはだしく、そこで、取消しの対象となった法律行為は、初めから効力を生じなかったこととされるわけではありますが、無効の場合とは異なって相手方への一応の物権変動があったことは事実であって、この物権変動を前提としての取消しによる取消者への復帰的物権変動と、相手方より第三取得者への物権変動とを対抗問題として処理してよいとするのです。
以上のような通説の理論構成に関しては、次の反論がなされています。第一に、通説は取消し後は取消しの絶対的遡及効を認めないことに帰着しますが、取消しの遡及効は法定解除ないし合意解除の場合とは異なって取得者を保護するために特に法が定めた効果であって、取消し前の第三取得者に対する関係ではこれを認め取消し後の第三取得者に対しては認めないとすることは、そもそも取消しの遡及効を否定することに通じるものです。取消し後の第三取得者に対する関係では、取消者への復帰的物権変動と第三取得への物権変動とが競合し、ともに登記なくしては互いに対抗し得ない関係にあるとするならば、取消し前の第三取得者についても、物権変動という点からみれば、やはり対抗問題が生じるものとしてこれを扱わなげれば筋が通らないこととなります。第二に、取消しの意思表示はなしたが登記をなさないでいる者が、取消し後の第三取得者に取消しの遡及効をいつまでも対抗し得るものとすることは衝平を失する、という論拠はそれなりに説得性を有しています。しかし、民法の構成をみるとき、取消しについては、その遡及効を基本としたうえで善意の第三者のみを遡及効を制限する形で保護しているのであって本来取消しがなされた場合には対抗問題は生じる余地がありません。通説が、取消し後の第三取得者との関係で取得者との問で対抗問題が生じるものとしていることは、第三者保護の問題と対抗問題とを混同するものであるというのです。このほかにも、通説がなんら公示を伴わない取消しの意思表示の前後によって第三者に対する効果を峻別していること、対抗問題とすることにより、一七七条の第三者には単純な悪意者は含まれると通常解されているため、悪意の第三者について、登記に公信力が認められる立法がなされたとき以上の保護を与える結果となっていることなどがあげられています。
一般論的に、法律行為の取消しの場合に、取消者は物権の復元につき登記なくしていかなる時点における第三取得者にも対抗し得ることを承認したのですが、個別的にみれば、無能力を理由とする場合にはこれがそのまま妥当することになります。
詐欺の場合については、民法は特に一項を設けて、善意の第三者に対しては取消しの絶対的遡及効を制限しています。本来取消しの遡及効はこのように絶対的なものではありますが、許欺の場合については善意の第三者に限ってこれが制限されるというのであれば、善意の第三者に当たる者は、利害関係を有するに至った時点が取消しの前であると後であるとを問わず、遡及効の制限の対象に取り込まれます。換言すれば保護されなければなりません。通説、判例は、本項にいう善意の第三者とは、取消しの意思表示をなす以前に利害関係を有するに至った第三者に限られ、取消しの意思表示後利害関係を取得するに至った第三者を含まないとしています。そして、後者に対する関係では対抗間題が生じ、対抗要件を備えなければ取消者に対抗し得ないとしています。通説、判例のように、取消しの意思表示のなされた前後によって第三者に対する関係でその効果を区別するときは、なんら公示を伴わない意思表示そのものにその効果の差異をかからしめることの妥当性も問題となります。
強迫による取消しにっいては、詐欺の場合のように善意の第三者保護の規定がありません。したがって、強迫を理由として法律行為の取消しがなされたときは、取消者は取消しの意思表示の前後にかかわらず利害関係を有するに至ったすべての第三取得者に、取消しの遡及効を登記なくして対抗し得ます。強迫について民法九六条三項のごとき規定がないことが立法論として適当でないことはそのとおりですが、規定のない以上、正面から全く詐欺の場合と同様に善意の第三者保護を解釈論として打ち出すことは無理かと思われます。

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